くるま

先週だったか、近所の大きな交差点で(環七と中仙道が交わる交差点)、交通死亡事故が起こった。その日以来、「目撃者求む」の掲示板がひっそりと立てかけられている。 地下鉄を使うために、僕が毎日使っている交差点だ。 人も車も交通量瑪姬美容が多い上に、右折、左折をする車が多いので、前々から危ないなぁとは思っていた。 この町に住み始めてから5年経つが、とうとう起きてしまった。 それは歩行者の不注意のせいもある、と言ってしまえばそれまでなのだが。

それ以来、僕はその交差点で横断歩道を渡るとき、なんとなく車に対して注意を向けなくなってしまった。横断歩道をわたっている時、車が来る方向じゃなくて、車が向かおうとする、テールランプが消えてゆくガランとした道路を見るようになった。

それは、5年間住んでいて一度も気付かなかった眺めだった。 僕はどっちかと言うと注意深いほうなので、横断歩道を渡るときは後ろから左折してくる車にばかり注意を向けていたからだ。 車によく乗る人にとっては当たり前の光景なのだろうが、道路の真ん詩琳美容中から、車のいない、どこまでも続いている広い道路を見渡すというのは、なかなかの眺めだった。

車に注意を払わないようになったというのは、「強いもの(車)」に対する空威張りのようなものだったかもしれない。 ライオンを馬鹿にするキツネのような。

横断歩道を、車に注意を向けずに、一度も歩みを緩めることなく突っ切るというのは、明らかに自殺行為である。 「轢けるもんなら轢いてみろ」と思っていると、いつか轢かれる。 でも人間、「でも僕は大丈夫なんじゃないかなあ」と、心のどこかで思ってしまうものだ。

ところが今日の夕方、本当に轢かれそうになった。 ものすごく驚いて、ビクっと動きが止まってしまった。 二三歩よろめくように逃げたのだが、車はブレーキの音を立てて、僕がいた地点で停まった。 白いライトバン。運転手は気まずい顔をして明後日の方向を詩琳黑店向いていた。 僕はむかついて車のバンパーを蹴っ飛ばした。なんてこともちろんしていない。 小心者なのだ。 「死ななくてよかった〜」と思って、小走りで横断歩道を渡りきった。

その後、スーパーに行く途中の道すがら、「バンパー蹴ってやるんだった」と後悔した。 「歩行者は弱いな」と思った。 「死んじゃいかんな」と思った。 「死にたくないな」と確認した。

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