りんどう紀行

フェリーは六時半にМ港に着いた。窓から外をみると港は朝もやにけむり海は穏やかだった。
一晩中エンジンの音を気にしつつも、志野はいつの間にか眠ったらしい。船を下り港内を出ると目の前の大通りをМ駅に向かう。
夜が明けたばかりの空は初秋の色を漂わせて、いい天気のようだ。志野と同じようにМ駅方面へ歩くに人も大勢いて心丈夫な気がする。

目的地のK駅まで、ここから普通列車で約二時間の旅だ。志野はこのゆっくり走る列車の沿線風景が気に入っている。
夫の転勤で初めてこの線を知り、二回目の今日はもっと色々見たいとわくわくしていた。
М駅を出て三十分も走ると左側の窓に、突然滔々と流れる大川が現れる。向こう岸は見えないほどの大川に沿って走る列車の音だけの世界。キラキラ光るさざ波や遠くの対岸の景色は志野を夢の国へと誘う。

川から離れて直ぐに沿線一の大都会H駅に着く。この駅の人の流れは凄まじく田舎者の志野はここで乗り換えでなくて良かった....などとほっとしたりする。駅の詩琳周辺にはビル群が林立し、動き出した大都会で人間もまた忙しい一日の始まりなのだ。
ここを過ぎると田園風景が続くかと思えば、小さな街もあったり池が見えたり旅を楽しんでいることを実感し、退屈する暇のない二時間余りだ。
目的のK駅は夫映の単身赴任地だ。

先夜志野は夢を見た。
広い広い野原に志野は一人で立っている。風が行き遠くに連なる里山は秋の夕陽に茜色に包まれ、足元に青紫も美しいりんどうの花が咲いている。後ろで誰かの足音がして、大声を上げた自分の声で目が覚めた。

たったそれだけの夢だったが、目覚めてからもあのりんどうの花の色が志野の脳裡から離れなかった。
そしてこの時急に映のところへ行きたいと思った。
彼も転勤して二年になるので、そろそろ帰れるのではと二人とも思っていたのでこの時期の行き来は考えていなかった。

夢のことは話さずに突然だけど訪ねたいと電話をすると、映は驚いた様だったが「心配ごとではないんだね。仕事の方は大丈夫?」と嬉しそうに...志野には聞こえた。

列車の揺れるままに流れる景色追っていると、夢が現かふとあの人の面影を見て遠い遠い昔を思い出した。

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