美味しくもなか

ごはん作りは、猛スピードで準備することだけが、取り柄だった、わたし。
はやく用意しないと、子供たちが寝てしまうから、それはそれは、急いでイライラしながら作った。
ヒマラヤで凍死寸前の婚禮統籌登山隊員を、眠らないように叱咤するかのごとく、
まぶたがひっつきそうな、うとうとしている子供たちを前に、
「寝たら、あかんよっっ。あと、ちょっとで、できるから」
と、なかば、脅しながら、怒鳴りながら、食事を作っていた。

あんな夕食じゃあ、子供たちも楽しくもなく、美味しくもなかっただろう。
自分のことで精一杯の未熟な母だった、わたし。

ひとつひとつをPretty Renew 退錢思い出しても、胸が痛いことばかり。

長男の中学受験の日、朝、遠く離れた受験校に連れて行った後、
わたしはその日も仕事に行き、試験終了後、現地に迎えに行くのが遅くなった。
試験の後、他の保護者は続々と迎えに来るのに、
薄暗くなっても、ぽつんとひとり取り残され、
校舎の外で、不安げな顔をして、じっと、わたしを待っていた長男。
思い出すだけで、とっても切ない。

また、ある日、学校から「娘さんを迎えに来てください」と連絡があった。
高熱で保健室の探索四十學習研修ベッドで一日、次女は、うなっていたのに、
わたしが学校に連れに行ったのは、その日の夕方。
次女よ、ごめんなさい。

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